
沖縄での再会、メグミの輝く笑顔
指定されたホテルのレストラン。
そのテラス席に、私は少し緊張した面持ちで腰を下ろした。
「久しぶりだね」
声のするほうを振り向くと、そこにはメグミがいた。
陽の光を受けてきらめく笑顔は、学生時代のメグミそのまんまだ。
まるで、過去の時間が一瞬で巻き戻されたかのような気持ちになった。
「メグミ…変わってないね」
「あなたも。会えて本当に嬉しいよ!」
再会の喜びを静かに祝福するように、テーブルの上に落ちた陽が、やわらかな光を描いていた。
メグミの笑顔に、その光が反射して、ほんのりと頬を染めているように見えた気がする。
言葉よりも先に、胸の奥がじんわりと温まっていき、懐かしさと安心が、そっと心に沁み込んでいった。
私たちはすぐに、学生の頃のような自然体の空気に戻っていった。
仕事のこと、子育てのこと、未来への不安。言葉は途切れることなく、心の奥からこぼれ出た。
そんな中、メグミはふと真剣な眼差しで私を見つめた。
そして、静かに話し始めたのだ。
「会いたい人には、会いたいときに会う。それが、今の私の生き方なの」
少し間を置き、言葉を継ぐ。
「実はね、数年前に病気が見つかったの。今も治療を続けているの」
彼女の言葉は、静かに、ゆっくりと重く沈んでいった。
あの笑顔の奥に、そんな時間があったなんて…。
私は思わず手元のナプキンを握りしめた。
「…つらかったね」
振り絞って出した声は、小さくかすれてしまった。
けれど、メグミはゆっくりと首を振る。
「つらいことはあるけど、それでも私は毎日を大切に生きてる。
今日、こうしてあなたと再会できたことも、その一つ。私にはすごく大きな意味があるんだよ」
彼女の瞳には、濁りのない光があった。
困難の中で見つけた、本物の強さ。
その言葉のひとつひとつが、私の心の奥に確かに響いた。
(──メグミはすごいな…。最近の私は、目の前のことにばかり気を取られて、 本当に大切なものを見落としていたかもしれない。)
メグミの前向きな話を聞きながら、私は静かに決意した。
「ねえ、メグミ。私ね、福岡に行ってみようと思うの。
航平に…子供たちと一緒に、会いに行こうって」
彼女の笑顔が、沖縄の太陽のようにさらに明るく輝いた。
「うん、あなたならきっとうまくいく。私も、ずっと応援してるよ」
そして、こう続けた。
「会いたい人には、会いたいときに、会いに行くの。それが今の私の生き方。私はこの生き方を始めて良かったと心の底から思っているんだ。だから、あなたも会いたい人がいるなら、会いに行って欲しいな。」
優しく微笑みながら話すメグミに、なぜか目頭が熱くなった。
–
帰り道の電話
夕暮れの道を、ホテルからゆっくりと歩く。
空には茜色がにじみ、やさしい潮の香りが風に混じっていた。
私はスマートフォンを取り出し、少し迷ったあとで航平に電話をかけた。
「もしもし、私。」
『おう、どうした?こんな時間に珍しいな』
「…あのね、今度、子供たちと一緒に福岡に行こうと思って」
一瞬の沈黙。
『こっちに?どうしたんだ?』
「ううん、なんでもないの。ただ、みんなでパパに会いたくなって。
それに会社の福利厚生で、ホテルが安く泊まれるの」
少し間を置いて、彼の声が柔らかくなった。
『そうか…。来てくれるのは嬉しいけど、あまり構ってやれないかもしれないぞ』
「大丈夫。それでも、顔を見に行きたいの。子供たちもパパに会いたがってるし」
『……わかった。楽しみに待ってるよ』
たったそれだけのやりとりなのに、私の心は不思議と軽くなっていた。
–
「パパに会いに行こう!」という提案
家に戻って夕食の支度をしながら、子供たちに声をかけた。
「ねえ、みんな。パパに会いに行かない?」
キッチンの音が止まり、三人がこちらを振り向いた。
「ホントに!?福岡に!?」(美咲)
「パパ、ゲーム買ってくれるかな?」(陸)
「やった!僕、パパに会いたかった!」(海斗)
「うん。本当よ。みんなで行こう。久しぶりに、家族で過ごすのもいいと思って」
子供たちの瞳が、期待にきらきらと輝いていた。
–
小さな一歩
翌朝、出勤前にスマホを確認すると、総務からのLINEに福利厚生のお知らせが届いていた。
「リゾートホテル補填制度。最大77%会社負担」
その中に、航平の赴任先近くのホテルの名前を見つける。
迷いを振り切るように、私は担当者とLINEでやり取りをし、予約を完了させた。
これは、小さな、でも確かな一歩だった。
–
福岡での時間、ほどける距離
数日後、私たちは福岡行きの飛行機に乗っていた。
機内では、子供たちが窓の外を指さしてはしゃいでいる。
到着した空港で、久しぶりに見る航平の姿。
少し痩せたように見えたけれど、子供たちの顔を見た瞬間、表情がやさしく綻んだ。
「パパー!!久しぶり!!」
『うわ、みんな本当に大きくなったなあ!』
予約したホテルは、街の喧騒から離れた静かな場所にあった。
柔らかな照明と木の温もりが心地よい、あたたかな空間だった。
久しぶりに家族5人で囲むテーブル。
夕食のひとときは、どんなごちそうよりも心に染みた。
「仕事、大変だったね」
「あなたも、毎日頑張ってるんだね」
酌み交わすグラスの音が静かに響く中、
私たちは少しずつ、お互いの心の距離を埋めていった。
–
それぞれの想い
旅行中、美咲と二人で街を歩く機会があった。
「本当はずっとパパに会いたかったんだ。
ママとも、ちゃんと話したいのに…どうしても言えなくて」
彼女のかすかな涙声に、私は静かに抱きしめた。
この時間が、何よりも尊い。
陸と海斗は、パパと公園で全力で遊び、
夜はゲームで大はしゃぎ。
彼らの笑顔が、私たちの間に光を灯してくれた。
–
心の栄養、そして明日へ
リゾートホテルでの数日間は、まるで心のリハビリのようだった。
家族という、小さくて大きな温もりを、私たちは取り戻した。
沖縄に戻ってからも、その余韻は私の胸に残っている。
仕事でうまくいかない日も、焦らず、視点を変えてみる。
お客様と、少し丁寧に会話してみる。
すると、数字は自然とついてくるようになった。
──私、自分自身の可能性に、無意識にブレーキをかけていたのかもしれない。
メグミのまっすぐな生き方、家族との再会、そして自分自身と向き合った旅。
それは、私に新しい視点と希望を与えてくれた。
「やりがいって、何?」
今なら、きっぱりと言える。
「大切な人の笑顔を守ること。そして、自分自身を大切にすることだよ」あのときの鉛色の空の下から始まった私の物語は、
今、家族の光に包まれながら、穏やかな風とともに、しっかりと進んでいる。
(完)