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あの週末が、私たちを“家族”に戻してくれた(第二話)

あの週末が、私たちを“家族”に戻してくれた(第二話)

静かな再会

『あなた、私のこと覚えてる?』

夜の静寂を切り裂くように、スマートフォンのバイブレーションが枕元で小さく震えた。見慣れないアカウントからの通知。警戒しながらも画面を開くと、そこに表示された送り主の名前に、心臓が微かにざわめいた。

「どこかで……確かに、見たことがある名前……。」

記憶の海を必死に手繰り寄せるが、なかなか掴めない。焦燥感がじんわりと肌を這う中、追い打ちをかけるように新たなメッセージが届いた。

『高校の時、同じクラスだった…メグミだよ!』

メグミ!

その二文字が目に飛び込んできた瞬間、長らく眠っていた記憶の回路がパチッと音を立てて繋がった。モノクロームだった学生時代の風景が、鮮やかな色彩を取り戻していく。窓際の陽だまりのような笑顔、いつもクラスの中心で明るく輝いていたメグミ。卒業以来、途絶えていたはずの、大切な友達の名前。

『え…!? メグミ!? 本当に!?』

指先が震えるほど懐かしさと興奮が押し寄せ、メッセージを打つ速度が自然ではないほど速くなった。

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静かに語る、過ぎた日々

脳内では早送りの映画のように高校時代の記憶が流れ出した。
あの頃、夢中で読んでいた小説のこと。 よく相談にのってもらった先生のこと。
色褪せない 高校時代の風景が、メグミと言葉を交わすうちに自然と輪郭を取り戻していくようだった。

メグミは人当たりが良く陽気で、でも自分の考えをしっかりと持っている人だった。
一緒にいると、心が穏やかになるような。

彼女は高校を卒業してからは沖縄から離れ、今は都内で暮らしているらしい。

それぞれの道を歩み始めてから、ずいぶんと時間が経ったのだな、と改めて思う。

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見えない壁

感傷的な思い出に浸っていると、スマホが低く振動した。画面に表示された名前は、夫、航平のものだった。

「もしもし、航平?」

久しぶりに聞く夫の声は、いつもより低く、かすかに疲労の色を帯びているように聞こえた。

『遅くなってごめん。元気にしてる?』

「ええ、まあね。航平の仕事のほうはどう?少しは落ち着いた?」

『いや、まだしばらくバタバタ続きそうだよ。今週末も、やっぱり帰れそうにないんだ』

(やっぱり……分かってはいたけれど、胸の奥に小さな棘が刺さった)

「そう…分かったわ」

『ごめん。子供たちのこと、いつも本当にありがとう』

「ううん」

電話の向こうから聞こえる、事務的なやり取り。そこに以前はあったはずの、温かい感情のやり取りは、いつの間にか形式的なものへと変わってしまったようだ。美咲の胸に、静かな寂しさが広がった。通話は、あっけなく終わった。

立ち上がり、静かに冷蔵庫へと歩く。冷えた缶ビールを取り出し、“プシュッ”という小さな音と共に、日常からの一時的な解放を求めた。

喉を通り過ぎるほろ苦い液体。

「ハア……今の私は、もしかしたらこの一杯の為だけに生きているのかもしれないな……」

ソファに戻ると、画面に新しいメッセージが表示された。送り主は、やはりメグミだった。

「実はね、近いうちに仕事で沖縄に行くことになったの。もしよかったら、会えないかしら?」

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静かな再会の予感

その短い一文は、夜の静けさの中で、美咲の心に思いがけず明るい光を灯した。あの頃、太陽のように輝いていたメグミとの再会。それは、色褪せた青春時代のアルバムを、もう一度そっと開くような、淡い期待を孕んだ予感だった。

『本当?いつ来るの? 絶対に会いたい!』

興奮を抑えきれず、スマホを打つ指が早まる。送信ボタンを押すと同時に、画面には、喜びを隠さない笑顔の絵文字を一つ添えた。高鳴る鼓動を感じながら、美咲は一気に缶ビールを飲み干してしまった。

数日後、メグミから沖縄滞在中の詳細な日程と、滞在するホテルの情報が届いた。

「メグミは……あの有名なリゾートホテルに泊まるんだ……」

その高級ホテルの名前に、美咲の脳裏を、ほとんど反射的に会社の福利厚生制度がよぎった。

(リゾートホテル補填制度――)

【多くのリゾートホテルを、最大77%の会社負担で利用可能な社員のための制度。日々の忙しさから解放される、優雅なひととき。】

(そういえば……航平がいる福岡にも、確かこの制度の対象になっているホテルがあったはず……)

もし、今週末にでも福岡へ行き、久しぶりの家族旅行を実現できたら――。最近少し距離を感じる長女の美咲とも、昔のように笑顔で向き合い、新たな家族の思い出を作ることができるかもしれない。

(家族旅行なんて、もう何年も行っていないな……美咲がまだ小学生だった頃以来だろうか。あの頃は、反抗期の今の姿なんて、想像もできないくらい素直で可愛かったのに……)

夫の航平とも、もう三ヶ月も顔を合わせていない。

子供たちは、そんな時間の中でも、驚くほど早く成長しているというのに。

少しだけでも、繰り返される毎日から距離を取ることができれば、この苛立ちから解放され、家族との時間を心の底から楽しめるかもしれない。子どもたちと楽しい思い出を作れるかもしれない・・・。

美咲の胸の奥に、わずかながらも確かな希望の光が灯った。

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静かに揺れる思い

メグミと会えるというワクワク感、そして久しぶりに家族でのんびりとした時間が過ごせるかもしれないという期待から胸が高鳴った。

その一方、航平のもとに行くことへの微かな不安もあった。

(もし、私が福岡へ行ったら…航平はどう思うだろうか)

日々の仕事で疲れているだろう夫に、会いたい気持ちはある。
けれど、私たちにはいつからか見えない壁のようなものが存在している気がする。

考えれば考えるほど、不安が大きくなっていくのを感じた。

私は、そんな不安を消すかのように学生時代の記憶を手繰り寄せた。

あの頃の私は、メグミに勇気をもらうことが多かった。

彼女の屈託のない笑顔、びっくりするほどの行動力。

そんな彼女に憧れていた自分がいたことを思い出した。

もしかしたら、メグミとの再会は、私にとってすっかり忘れていた希望を、もう一度見つけるきっかけになるかもしれない。

高校時代、未来への希望でキラキラしていたあの頃の自分を、もう一度、 静かに思い出すことができれば、この現実も何か変わるだろうか。

ふとスマホに目を落とすと、メグミからのメッセージが 一つ。

『今度の沖縄、〇〇ホテルで一緒に食事でもどうかな?料理がすごく美味しいんだって!
あの頃みたいにたくさん話したいな!
実は、あなたにどうしても話しておきたいことがあるんだ』

「どうしても話しておきたいこと…?」

その意味深な一文が、私の心に小さな疑問符を灯した。

(メグミに一体何があったのだろう…? )

そして、それは今の私にどんな影響を与えるのだろうか?私は、画面を見つめたまま、深く、 静かに息を吸い込んだ。

(続く)

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