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合格通知をくれた“幽霊社員” (第一話)

合格通知をくれた“幽霊社員” (第一話)

第一話:「面接をしてくれた人がいない」

朝の空気にはまだ冬の気配が残っていた。
窓の外ではゴミ収集車の音がしていて、テレビからは何度目かの天気予報が流れている。

佐喜眞奈緒は、その音を背中に感じながら、ダイニングテーブルに広げたノートパソコンへと視線を戻した。
Slackの通知がひとつ、静かに画面右下に現れる。

【全社連絡】今月のMVPは——佐喜眞奈緒さんに決定しました!🎉

「……えっ?」

一瞬、時が止まったようだった。
目の錯覚かと思い、何度も画面を見返す。でも間違いない。自分の名前がそこにある。
社内チャットには次々とスタンプが並び始めていた。

👏👏👏
🎊🎊🎊
🧸🧸🧸

「おめでとうございます!リストの精度、いつも助かってます!」
「声かけのタイミング、いつも絶妙だよね」
「在宅でも“ちゃんと見てくれてる”って思えたよ~!」

温かい言葉の連なりに、胸がじんわりと熱くなる。
2ヶ月前、不安と緊張のなか始めたこの在宅の仕事。子育てと両立できる働き方を探して、偶然見つけた募集記事。ダメ元で応募して、面接の日まで毎晩練習を重ねた。
それが今、ちゃんと評価された。

「……ほんとに、ここで良かった」

そう呟いて、コーヒーをひと口。
でも、その安堵の中に、どうしても拭いきれない疑問が浮かぶ。

——私を面接してくれた“あの人”は、いったい誰だったんだろう?

2023年11月15日、午後3時。
その日、面接はGoogle Meetで行われた。画面の向こうに現れたのは、ひとりの女性。落ち着いた話し方、黒いタートルネックに、後ろでまとめた髪。言葉を選ぶように話す人だった。

「奈緒さんの声、いいですね。ちゃんと届く感じがします」

画面越しにそんなふうに言ってくれて、彼女は最後に、こう言った。

「ありがとうございました。結果は明日、ご連絡しますね。……でも、私はすでに“伝わった”気がします」

そして翌朝、合格通知が届いた。
Slackの招待が来て、業務用アカウントが発行され、仕事が始まった。

でも——その日以降、彼女の姿を一度も見かけていない

社内のGoogle Meet定例にもいない。Slackで検索しても、該当する名前は出てこない。
あの人はいったい、どこの部署の誰だったのか。

あまりにも気になって、ある日、思い切って人事の城間さんに連絡を取った。
朝の定例が終わった後の、ちょっとした空き時間だった。

「城間さん、すみません。私の面接のときの記録って、見られますか?」

「ん?もちろん。ちょっと待ってね」

タイピングの音が数秒続き、モニター越しに首をかしげる城間の顔が映る。

「……えっと、2023年11月15日でしょ?面接官は、赤嶺と宮平になってるね」

「……あれ?」

奈緒は眉をひそめた。

「その日、私の面接してくださったのは女性で、黒髪で……タートルネックの服を着ていた方でした。ひとりでしたよ?」

城間の指が止まった。その顔が、うっすらと固まる。

「それって……もしかして、**仲地晴海(なかち・はるみ)**って名前、出てこなかった?」

「……はい、たしか、そんな名前でした」

城間は数秒、無言だった。

「……その人、もう退職してるよ。2年も前に。2021年10月31日付でアカウント削除されてる」

「……え?」

「いや、まさかね。そんなはずは……うん、さすがに」

画面の向こうでそうつぶやく城間の声が、奈緒には遠く感じられた。自分を採用してくれた、あの優しい声の女性。
「誠実さが届きました」と言ってくれたあの人は——
存在していないことになっていた。

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