株式会社SAのオフィスはいつも通り、忙しい昼下がりの時間が流れていた。
加藤はデスクの前に座り、机の上に広がった書類に目を通していた。
他の社員たちは皆、電話やパソコンに向かっている。
ふと、加藤の目に映ったのは、オフィスの一角にある古びたファイルキャビネットだ。
そのキャビネットは、ここで働き始めた頃からあったものだったが、何故か誰も触れたがらない。
どこかひび割れたような不安定な印象を与えるそのキャビネットは、ずっと気になっていた。
「またあれか…」
加藤はぼんやりと呟きながらも、手元の仕事に集中しようとした。しかし、気になって仕方がない。ファイルキャビネットの中身に何があるのだろうか。
加藤は思わず立ち上がり、キャビネットに向かって歩き出した。
そのとき、突然、オフィスの電話が鳴り響く。加藤は一瞬立ち止まるが、やはり気になってキャビネットの引き出しを開けてしまった。
中身は、普段見ることのない古びた書類ばかりだった。
「何だこれ…」加藤は驚きながらも、書類を一枚一枚取り出していく。
その中に、古いノートが挟まっているのを見つけた。ノートには「録音ファイル」とだけ書かれている。
加藤はそれを手に取り、静かに開いてみた。
そこには不自然に乱雑に書かれた文字が並んでいた。
「○月△日 異音が聞こえる。
×月△日 廊下に誰かがいた。
×月△日 またオフィスが暗くなる…」
加藤は顔色を変え、ノートを閉じた。
「こんなもの、誰が記録したんだ?」
だが、加藤はその時、何かを感じ取った。
それは、記録されていた日付と、今の自分が働いている日付が一致していることに気づいたからだ。
「まさか…」
思わず呟く加藤。
その瞬間、オフィスの照明が急に消え、加藤の周りは完全な暗闇に包まれた。
加藤は思わず目を閉じた。暗闇の中で、ふと耳にしたのは、誰かの小さな足音と、重たい呼吸音だ。
「誰か…いるのか?」
加藤は必死に暗闇の中で周囲を探す。だが、誰の姿も見当たらない。
ただ、足音が近づいてきているのがわかる。
その時、再び照明がついた。加藤の目の前にあったのは、誰もいないオフィスの一角と、開かれたファイルキャビネットだった。
だが、異変が起きていた。ファイルキャビネットの中の書類が、全て散乱していたのだ。
「これは一体…」加藤は震えながら呟いた。
「誰もいないはず…」
その瞬間、加藤の目に映ったのは、キャビネットの奥に挟まっていた新しいファイルだった。
それは、先程見た「録音ファイル」と同じフォーマットで作られた、真っ新なファイルだった。
加藤はそれを取り出し、恐る恐る中身を見た。
中には、次のような文字が書かれていた。
「○月△日 加藤が来た。」
「×月△日 加藤が書類を取り出す。」
「×月△日 加藤が気づく。」
「×月△日 加藤が次に来る。」
その文字を見た瞬間、加藤の脳裏に浮かんだのは、先ほど見た日付と一致する自分の名前だった。
「まさか…」と呟きながらも、加藤は次第に目を見開いた。
そのファイルが示す通り、すべてが予知されていたのだ。
加藤はその瞬間、背後から冷たい手が自分の肩に触れるのを感じた。
振り返ると、そこには誰もいなかった。
ただ、足音だけが、今も静かに聞こえ続けている。
加藤はそのまま震えながら、オフィスの中で再び一人になった。
その後、誰かが加藤の前から消えた瞬間、加藤はすぐにオフィスを離れた。
それから数日後、加藤は無断で会社を辞め、どこにも姿を見せることはなかった。
だが、それからも、オフィスでは時折、誰もいないはずの部屋から、加藤の名前が呼ばれる声が響くことがあったという。


